岐阜地方裁判所 昭和27年(行)1号 判決
原告 沢田寿衛
被告 厚見村農業委員会・岐阜県農業委員会
一、主 文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告厚見村農業委員会が別紙目録記載の農地について昭和二十六年十月十三日に樹立した買収計画はこれを取消す。被告岐阜県農業委員会が昭和二十七年一月三十日原告の右農地についてなした訴願を棄却する旨の裁決はこれを取消す。右農地は訴外沢田保一の所有であることを確認する。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、別紙目録(一)記載の農地の登記簿上の所有者は亡沢田万次郎、別紙目録(二)記載の農地の登記簿上の所有者は亡沢田保蔵となつているが、その実質上の所有者は右農地所在の岐阜県稲葉郡厚見村に居住し、農業を営んでいる訴外沢田保一である。即ち沢田万次郎は沢田保蔵の長男であり、原告は沢田万次郎及びその妻けいの養子(明治三十八年五月六日養子縁組届出)であるところ、右万次郎は明治三十二年三月二十九日保蔵死亡のため家督相続により別紙目録(二)記載の農地の所有権を取得したが相続登記をなさないまま大正十年一月二十四日遺言により右別紙目録(二)記載の農地と自己所有の同目録(一)記載の農地とを妻けいに遺贈し、けいは右遺贈を承認し、万次郎は昭和十年一月五日死亡したので、けいはその所有権を取得したが、移転登記をしないで、之を他に賃貸した。その後右けいは昭和二十四年八月二十四日遺言によつて右農地を同女の甥沢田保一に遺贈し、保一はこれを承認し、同月二十八日けいの死亡と同時に遺贈はその効力を発生し、別紙目録記載農地の所有権は保一に帰属したがこれについても移転登記をしなかつた。ところが被告厚見村農業委員会は右農地は沢田けいの死亡により、その遺産相続人たる原告が承継したものであるから、所有者は原告なりと判定し且つ原告は名古屋市に居住する不在地主であり、右農地は小作地であるから自作農創設特別措置法第三条によつて政府が買収すべきものであるとして、昭和二十六年十月十三日その買収計画を樹立したので、原告は同月二十二日右買収計画に対し異議の申立をしたところ、被告厚見村農業委員会はこれを却下したので、更に同月三十日被告岐阜県農業委員会に対し右農地について訴願の申立をなしたが、昭和二十七年一月三十日同委員会は右訴願を棄却する旨の裁決をした。然しながら右買収計画並に裁決にはともに次のような違法がある。即ち(1)別紙目録記載の農地は買収計画樹立当時その公簿上の名義如何にかかわらず訴外沢田保一の所有するところであり、現に同人がこれを占有しているのに、これを無視し、沢田保一は未だ移転登記を了していないから民法第百七十七条の規定により第三者である政府に対抗できないとしているが、同条の規定は不動産の私法上の取引の安全を保護する目的に出るものであり、政府が公権力をもつて農地の所有権を取得する自作農創設特別措置法による農地買収についてはこれを適用すべきでない。(2)遺贈の場合にも農地調整法第四条の府県知事の許可を要すとなし、本件において右許可がないから農地の所有権は沢田保一に移転しないとしているが、そもそも農地調整法第四条に所有権の移転とは売買、贈与等の契約乃至は双方行為を原因とする場合を指すのであつて、遺贈の如く単独行為にして、遺贈者死亡時に物権的効力を生ずる場合は之に該当しないことは相続による当然承継の場合と同様である。右のような違法な判断に基く前記買収計画は当然取消さるべきものであり、これを認容した裁決も同様取消さるべきであるから本訴において右買収計画並に裁決の取消を求めるとともに、前述のように別紙目録記載の農地は沢田保一の所有に属するものであるからその確認を求めると述べ、被告等の本案前の抗弁に対して、別紙目録記載の農地が原告に帰属することになると、原告は不在地主であるから直接何等利益を得ることなく、公租公課を負担する不利益を招くのみであり、なお右農地が政府に買収され何の縁りのない第三者に売却されることとなるから、遺贈者沢田けいの遺志に反し、相続人である原告の精神的苦痛は大であり、他方右農地については原告が主体となつて買収計画に対する異議の申立、訴願等をなし、これに対する行政処分も原告宛になされてきたものであるから、右農地に関する行政訴訟は原告を措いては他に正当な当事者がないといわなければならない。さもなければ被告等の従来なしてきた一連の行政処分は凡て重大な瑕疵を有し、併もそれは治癒不能とも謂うべきものであるから、それ等行政処分は一切無効に帰するものと謂はなければならないと附陳した。(立証省略)
被告厚見村農業委員会代表者及び被告岐阜県農業委員会指定代理人は主文と同旨の判決を求め、本案前の抗弁として原告は別紙目録記載の農地の所有権は昭和二十四年八月二十四日遺贈により沢田けいから訴外沢田保一に移転した旨主張し、更にこれが確認を求めているのであるから、被告庁のなした本件農地買収処分により権利を侵害されたとして救済を求むべき法律上の利益を欠くから、原告の本訴請求は不適法である。本案の答弁として、原告主張事実のうち沢田保蔵、沢田万次郎、沢田けい及び原告の続柄が原告主張の通りであること、右万次郎が原告主張の通りの経過で別紙目録(二)記載農地を取得し、同目録(一)記載農地を所有せること、右けいが原告主張の通りの経過で同目録(一)(二)記載農地を取得したこと、同人がこれを原告主張日時沢田保一に遺贈し、けいが原告主張日時死亡したこと、被告厚見村農業委員会が昭和二十六年十月十三日別紙目録記載農地を原告の所有と判定し、且つ自作農創設特別措置法第三条によつて政府が買収すべきものとして買収計画を樹立したこと、右買収計画に対し同月二十二日原告から異議の申立があり、これを却下したところ、同月三十日更に同人から被告岐阜県農業委員会に訴願の申立があり、昭和二十七年一月三十日同委員会が訴願棄却の裁決をしたことは認めるが、その余の主張事実は総て争う、と述べ、訴外沢田保一は本件買収計画樹立当時右農地の遺贈による所有権の取得につきその旨所有権移転登記を了していないから第三者である被告厚見村農業委員会に対し右農地所有権の取得をもつて対抗することができないから本件買収計画は正当である。又農地所有権の移転については農地調整法第四条により府県知事の許可を受けるべきであつて、遺贈の場合と雖も同法条の適用がある。即ち農地が本件のように特定遺贈される場合にあつては、農地調整法第四条の規定による制約がある関係上受遺者はただ債権的請求権を取得するに止まるものと解すべきであり、相続人(遺贈義務者)は遺言の効力として農地調整法第四条の許可を得たうえ、当該農地の所有権を受遺者に移転する義務を負うと共に一方受遺者は遺贈義務者に対して、完全な所有権を取得するに必要な処置を経たうえ引渡すべきことを求めることができるのであつて、遺贈義務者が前記許可を得て、はじめて農地の所有権が移転するものである。しかるに、右遺贈に因る所有権移転につき県知事の許可を得ていないから別紙目録記載農地の所有権は沢田保一に移転せず、けいの遺産相続人である原告に帰属しているものと言うべきである。以上何れの点においても本件買収計画には何等の違法がないと述べた。(立証省略)
三、理 由
まづ本訴の適否を検討する。原告は別紙目録記載農地の所有権が昭和二十四年八月二十四日遺贈により沢田けいから訴外沢田保一に移転したることを理由に該農地に関する買収計画の取消並びに訴願裁決の取消を求め、更に右農地が沢田保一の所有であることの確認を求めているのである。而して沢田けいの相続人たる原告が遺贈義務者として又右農地の登記簿上の名義人として本訴を遂行しているのであることは弁論の全趣旨に徴して明らかである。そこで取消請求についてみると、該農地の登記簿上の名義人である原告は、遺贈義務者として受遺者沢田保一に対し、右農地について所有権移転登記をなすべき義務があり、これを怠れば受遺者より損害賠償の請求を受ける虞れがあるので遺贈義務者として買収計画の取消を得た上、受遺者に対し所有権移転登記をなす必要があるから該農地について取消訴訟を提起するに法律上の利益があると解せられる。従つて原告の本訴取消請求は適法である。次に確認請求についてみるに、原告において該農地に関する買収処分の取消を得れば原告の前記法律的地位の危険不安を解消しうるのであつて、ことさらに右農地が第三者である沢田保一の所有であることの確認を求めるについて法律上何等利益を有しないと謂うべきである。従つて原告の確認請求は訴の利益を欠き不適法を免れない。
そこで原告の取消請求の本案について按ずるに、訴外沢田保蔵、同沢田万次郎、同沢田けい及び原告の続柄が原告主張の通りであること、右万次郎が原告主張の通りの経過で別紙目録(二)記載農地を取得し同目録(一)記載農地を所有せること、右けいが原告主張の通りの経過で同目録(一)(二)記載農地の所有権を取得したこと、同人がこれを昭和二十四年八月二十四日沢田保一に遺贈し、同月二十八日沢田けいが死亡したこと、被告厚見村農業委員会が昭和二十六年十月十三日右農地をけいの相続人である原告の所有なりと判定し、且つ自作農創設特別措置法第三条の規定によつて買収すべきものとし買収計画を樹立したことこれに対し同月二十二日原告から異議の申立をしたが却下されたこと同月三十日更に同人より被告岐阜県農業委員会に対し訴願の申立をなしたが昭和二十七年一月三十日同庁は訴願棄却の裁決をなしたものであることについては当事者間に争がない。そこで先ず遺贈による農地の所有権の移転について農地調整法第四条に規定する県知事の許可を要するものか否かについて判断する。農地調整法(昭和二十四年六月二十日法律第二一五号)第四条(同法施行令第二条を含む)によれば農地の所有権を移転する場合は都道府県知事の許可を有効要件としているが、それは該移転が同法の目的である耕作者の地位の安定及び農業生産力の維持増進を図る上において適当であるかどうかを知事をして審査判断させ、よつて右目的に添う如く農地の移動を監督統制し、もつてこれが達成を期せんとしたものである。而して他に右許可と同一視出来るような監督の方法がある場合は更に知事の許可は必要でないから同法第五条においてかかる場合を列記してこれ等を右第四条の適用から除外した。従つて、農地の所有権を移転しようとする場合それが第五条の除外事由に該当しないかぎり総て前記知事の許可を受けなければその効果を生じないものと謂うべきである。なお、同法第四条に所謂所有権の移転は、前記のような同条の趣旨から見て、単に契約乃至は双方行為に基因するものに限定されるものでなく、前記除外事由に該当するものを除いた総べての場合を含むものと解すべきである。従つて遺贈の如く相手方ある単独行為の場合でも等しく同条の適用があると言わなければならない。ただそれが包括遺贈である場合包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有するから遺言者の一身に専属するものを除き債務をも含めて一切の権利義務を承継し、他に相続人又は包括受遺者があるときは、これ等の者との間には恰も共同相続人におけると同一の法律関係を生ずるものであるから、唯一の包括受遺者が農地所有権を承継する場合は相続人による相続の場合と同じく前記知事の許可を要しないことは当然であり、他に相続人又は包括受遺者があり共同相続人として遺産の分割により農地所有権を承継する場合は同法施行令第三条第七号に該当するものとしてこれまた知事の許可を必要としないのは明白である。これに反し特定遺贈における受遺者は相続人と同一の権利義務を有するものでなく、また共同相続人としての法律関係を生ずるものでもなく、これを除外する規定のない以上前記知事の許可を要するものと言うべきである。従つて農地の特定遺贈にあつては遺贈義務者又は遺言執行者が農地調整法第四条の知事の許可を得たるとき、はじめて遺贈の効力が発するものと解しなければならない。即ち特定遺贈の物権的効力が右の限度において制約を受けなければならぬのは、農地調整法の目的達成のため契約の自由が制約を受けるのと同一である。然るに本件においては、沢田けいより沢田保一に対する別紙目録記載農地の遺贈が特定遺贈であること、右特定遺贈について農地調整法第四条の許可がないことは成立に争のない甲第三号証の一の記載並に弁論の全趣旨により明かであるから、右農地所有権の移転は効力を生ぜず、沢田けいの相続人である原告の所有に属するものと言はなければならない従つて被告の(1)の主張につき、農地買収に関し民法第百七十七条の適用があるか否やを論議するまでもなく、本件農地は原告の所有に属すとしてなした本件買収計画並びに裁決に違法の点はないからその取消を求める原告の請求は失当であり、原告の確認の請求は不適法であるからいづれもこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 伊藤淳吉 小淵連 小沢博)
(目録省略)